久坂部羊著『MR』の「患者ファースト」を実践している先輩・上司の行動から学んだ姿勢3選

 
今回の記事では、医師兼作家の久坂部羊さんが執筆した『MR』を題材にお話します。
私は入社前に本書を読みましたが、実際にMRとして活動していくなかで大切なことを本書から学ぶことができました。
本書についてあらすじとテーマを簡単にご紹介し、私が「患者ファースト」を実践するために心掛けていることをお伝えしていきます。
 
この記事は、2022年6月13日に更新されています。

本書を通して学べたこと3選

就活を終えて製薬会社に入社することが決まった頃、MRについてイメージを膨らませたいと考えていました。

そのような頃、医学部に再入学して通う友人から本書をすすめてもらいました。

彼女はインターン生としてMR活動をし、大病院に薬剤師として勤務していた経験があります。彼女自身が本書を読んで面白かったと語ってくれました。

ネットでは医療版「半沢直樹」と評価する声が散見でき、小説としても期待が持てました。

本書を購入して驚いたのが国語辞典さながらの厚さです。

 

厚さを測ったら3.5cmもあったよ!

読み始めると時間を忘れて読み耽り、一ヶ月経たないで最後まで読み終わりました。医学・薬学的な用語を知らなくてもストレスなく通読できます。

そんな本書を読んで私が学んだのは以下のことです。

(本書を通して学んだこと)

  1. 「患者ファースト」の姿勢
  2. 法令遵守の重要性
  3. MRはコミュニケーションのプロである

次の章からは、一つ一つ実際の現場でのことを交えながら解説していきます。

 

「患者ファースト」の姿勢を貫く難しさ

製薬会社は、患者様の病気を治療して健康に暮らしていくサポートをするために存在します。

そのためには患者ファーストの姿勢が求められますが、特に営業活動の一翼を担うMRは売上に目が眩んでしまうとその本質を見失っていしまいがちです。

本書に登場するMRの池野が、「患者ファーストとは口にするが、患者の利益は製薬会社の利益を損なわない程度に追求する」という考えを示す場面があります。

製薬企業が活動を継続して新たな開発投資を行うには資金が必要です。その資金は主に医薬品の販売利益から得ています。

しかし、利益を追求するがあまり慢性疾患の患者様に必要以上の薬を売りつけたり、病気の予防を謳ってあまり効果が実証されていないようなサプリなどを販売することが本当に患者ファーストと言えるでしょうか?

 
実際の体験談を紹介するよ。

私はこのような経験をしたことがあります。

あるクリニックで製品説明会に参加する開催する許可をいただくために一人で医師を訪問しました。

「患者様のために役立つ医薬品を提供すること」が本来の目的ですが、私はいつしか説明会をして自社製品を採用してもらうことに偏った会話を展開していました。

主目的が売上に貢献することに変わり、患者様のことを第一に考えられなくなっていました。

実際にMR活動をすると数字が気になってしまいますが、だからこそ患者ファーストを常に意識することが大切です。患者様と同じ視点に立って物事を考えられるよう、研修期間から徐々に訓練しておくとよいでしょう。

 
先輩MRからこんなエピソードを聞いたよ。
先輩MRがクリニックを訪問した際、先生から「ある患者様に対して自社製品と競合他社どちらの薬剤を使用するべきか」について意見を求められました。
その際に先輩MRは他社製品の剤形の方が患者様に適していると判断し、迷わずそちらを提案しました。
売上だけに捉われていてはできない、患者様のことを第一に考えた中立的な意見です。
 

本書最大のテーマである「患者ファースト」とは何か?

個人的な意見ですが、本書の最大のテーマは「患者ファーストとは何かであると思います。

「患者ファースト」…(省略)…患者の利益は優先するが、それはあくまでこちらの利益を損なわない範囲でだ。医師も看護師も同じはずだ。自らの利益や生活を犠牲にしてまで、患者を優先する医療者がどこにいるものか。

※引用:久坂部羊(2021)『MR』.幻冬舎 p.103

製薬会社の使命は治療薬を提供して患者様のQOLに貢献することですが、当然のことながら会社として活動するためには資金源となる利益が必要です。

上の一文は、「患者様のためでも会社が赤字になるようなことはできない」と簡単に読み換えられます。

 
資本主義経済では当たり前の原理だね。

実際には、製薬会社が売れば売るほど赤字になる不採算品目と呼ばれるものがあります。それでもこのような製品を売り続けなければならないのはなぜでしょうか?

答えは簡単で、その薬を必要としている患者様が存在するからです。

 
薬の特殊性って何なのだろう?

あなたはコーヒーが大好きで毎日飲んでいたとします。ある日突然、日本ではコーヒーが飲めなくなったとして、あなたはひどく落胆しても命に危険は及びません。

しかし、医薬品は生命関連品なので人命に直接的に関わります。

糖尿病の患者様がインスリン製剤を入手できなければ、次の食後に命を落としてしまうかもしれません。

このような事例を知れば、赤字になるとしても製薬会社は供給を続ける使命があることが分かっていただけたと思います。これも立派な患者ファーストの一環であると言えます。

 

法令遵守を徹底するためにやるべきこと

法令遵守とは、規則、法令、社会的規範を守ることです。

本書で詳しく述べられてはいませんが、MR活動を行うに際しては国家公務員倫理法公正競争規約で詳細な規定が定められています。

(国家公務員倫理法の禁止事項の一部)

  1. 金銭・物品又は不動産の贈与を受ける
  2. 無償でサービスの提供を受ける
  3. 饗応接待を受ける
  4. 麻雀などの遊戯やゴルフをする
  5. ともに旅行する

 

 
ストーリー内での例を見ていくよ。

本書は規制が強化される前の時代設定であるため、法令違反が当たり前のように行われています。

天保製薬若の若手社員である市橋が、開業医の山脇を訪問した際に素手でキャッチボールをさせられる場面がありました。市橋は全身に傷を負いながらも必死に耐え、山脇が満足するまで付き合いました。

これは規制強化前であっても明らかなコンプライアンス違反です。

医師とMRという立場を利用して理不尽な要求をする担当医に対して、フィクションながらも憤りを感じました。

 
最近の法令違反を紹介するよ。
2022年、小野薬品のMRが三重大学病院の教授に対して贈収賄の罪に問われる事件がありました。事件概要は次の通りです。
自社薬剤を多く発注・使用してもらう見返りに、教授に対して200万円の現金を提供していたものです。また、薬剤の一部は実際に使用されることなく廃棄し、その分も診療報酬として請求していました。

診療報酬の一部は私たちから徴収された税金から支払われており、国民の信頼を裏切る結果になってしまいました。
たった一人のMRの過ちが会社や病院全体のイメージをダウンさせ、有用な薬に対する信頼度まで落ちてしまったのは非常に残念なことです。
 
法令遵守のためには何が大切か考えてみよう。
法令遵守を徹底するためには、私たちが守るべき法令についてきちんと理解することが大切です。
私が所属する製薬会社では、直属の上司の意向でGMPなどの法令に関する社員教育毎年実施されています。「法令について知らなかった」では済まされないので、教育が行われる意義は大きいと思います。

全ての法令を把握することは困難ですが、まずは重要な法令や直接的に関わるものから学習し、仕事をするなかで徐々に知識が集積されていきます。知識は身を守る最大の盾になります。

 

実際の現場では、表現の微妙な言い回しが相手に誤解を与えることがあります。

MR活動でエビデンスのない情報を事実かのように伝えてしまうと、それ自体が規約に違反すると評価されることがあります。

規格試験や安定性試験は製品販売後も行われ、適合しないサンプルが見つかると医療機関に納入された製品を回収することがあります。この際、製品回収の理由を次のように述べたとします。

 
新人MR

各種試験に適合しない結果が得られ、安全性を保証できないため製品を回収させていただいております。
このように発言してしまったらMRとしての信頼を失い、法令に抵触する危険性があります。皆さんはどこが不適切かお分かりいただけたでしょうか?
品質は保証しなければなりません。しかし、副作用のない医薬品など存在しないので「安全性」は保証できないのです。
上記の例では、「品質を保証できない」と言うのが適切です。些細な差だと感じるかも知れませんが、言葉を一つ一つ丁寧に解釈すると意味が大きく変わってしまいます。
先輩方は選択する言葉に繊細な注意を払ってMR活動をしています。
MRが行える業務内容を正確に把握し、法令を学習するに留まらず常に意識することによって、規則に適合した活動を展開しているのです。

 

MRはコミュニケーションのプロでなければならない

本書で次のようなシーンがありました。

気難しい性格でMRに対して心を許していない伊達という医師がいます。しかし、医院の庭先にある薔薇の花を褒めると徐々に聞く耳を持つようになり、必要な情報を提供してくれるようになりました。

対応したMRは伊達が薔薇の手入れをしている一瞬を見て会話の糸口を作り、薔薇について事前に調べることで雑談できるように準備していたのです。

 
薔薇の話は一見活動とは関係なさそうだよね?

MRは機械的に情報提供・収集するのではなく、コミュニケーションのプロでなければなりません。

相手から有益な情報を聞き出すためにはまず信頼関係の構築が必要です。

世間話をしたい、反対にすぐ本題に入って要点だけ話してほしいなど、先生方にも様々な性格があります。相手に合わせたコミュニケーションを取るためには、相手の性格を瞬時に見極め、話し方や内容を変えていきます。

 
先輩から聞いたお話だよ。
ある先輩が初めてクリニックを訪れた際、医師との面談で受付に飾ってある掛け時計を褒めました。医師はあっさりした反応を示しただけで、それ以上会話が続くことはありませんでした。
先輩MRは、その医師との面談時は雑談をせず本題に入るべきだと瞬時に判断しました。

本書の例とは正反対ですが、相手の反応を見て取るべき対応を判断することもコミュニケーションの一つです。

経験を積むことでしか得られない知識なので、「若手の頃から積極的に多くの医療関係者と面談するとよい」とアドバイスをいただきました。

 

「患者が苦しめば苦しむほど俺たちの給料は上がるんだよ」

表紙のに書かれているフレーズに強烈な印象を受けました。

本書を手にしたときはこのフレーズを見てもその示す意味がわかりませんでしたが、最後まで読み終える頃には理解できるようになっていました。

本書に登場する鮫島というMRの台詞です。

「儲かっているのは患者のことを考えない会社だ。副作用が出たら薬を止めるんじゃなくて、それを抑える薬を追加する。体制が生じたらさらに強い薬をのませる。それが製薬会社の利益につながるんだ。…(省略)…俺たち製薬会社は病気という他人の不幸でメシを食ってるんだ。患者をいたわるふりをして、胸の内ではもっと長引けと思ってる。」

※引用:久坂部羊(2021)『MR』.幻冬舎 p.169〜170

患者ファーストとは大きく乖離した、企業利益を優先するために病気を利用する本末転倒な思考です。

 
こんなMRにはならないでね!

 

かつて、製薬会社のMRは高給取りと世間に認識されていました。

下のデータは、製薬業界のニュースをまとめたAnswers Newsの【2021年版】製薬会社年収ランキングです。

【2021年版】製薬会社年収ランキング

毎年の薬価改定などの影響で製薬会社の収益力を低下傾向にあります。そのような状況下でも上位11社の平均年収は1,000万円を超え、現在でも比較的給料の高い業界であるといえます。

しかし、私たちMRは高い給料を目標に仕事をしているのではありません。

患者様の病気による負担を減らし、健康かつ笑顔で生活するサポートをすることに使命感を持って活動しています。

帯のフレーズは客観的には事実とも評価できますが、このような思考ではMR失格です。

 

上司が語ってくれた話を紹介するよ。
患者様のためにMR活動であることを頭では理解していても、仕事に慣れてくると売上を気にするようになります。
成績が良ければその分が給料やボーナス、人事考課の評価に反映されることがあります。
そのため、全国表彰されるようなMRであったとしても常に「患者ファースト」の姿勢を貫き通すことは難しいと話していました。
本来の目的を見失うと利益優先の押し売りになってしまいます。
簡単なことではありませんが、研修の頃から患者様のことを第一に考える癖をつけることで、その後の活動に活きる思考回路が形成できるというお話をいただきました。
 

製薬業界に興味のある方はぜひ読むべき

最後に、本書を読むことをおすすめできる方について紹介したいと思います。

(本書をおすすめできる方)

  1. 製薬業界に興味がある就活生、転職希望者
  2. 面白い長編小説を読みたい方

私は内定後に製薬業界について理解を深めたいと思って本書を読みましたが、製薬業界への就活転職を考えている方におすすめです。

医師がMRに焦点を当てた小説なので内容は非常にリアルです。なかには専門用語も出てきますが、これらを知らなくてもストレスなく読み進めることができます。

就活や転職の際に読むことで、製薬会社の業務内容、MRの働き方のイメージを膨らませることができます。

 

また、就活や転職とは関係なく、長編小説を読みたい方にもおすすめできます。

製薬会社のMRについて、一般の方はあまり理解していない方が多いのではないでしょうか?

製薬会社の仕組み、MRという職業の特殊性に触れることができ、身近ながらも意外と知らない世界について知ることができます。

本書をより楽しむために、ぜひ患者ファーストとは何かを考えながら読んでみてください。